現場労働で身につける論理力

19日に埼玉・東松山市のマンションで作業現場の足場が倒れ、保育園児2人が死傷した事故で、死亡した園児の家族は「本当に許せない」と話している。
19日、東松山市のマンションの作業現場で足場が倒れ、保育所男児2人を直撃し、北村波琉人ちゃん(6)が死亡した。波琉人ちゃんは来月、小学校に入学する予定で、学校を楽しみにしていたという。波琉人ちゃんの祖父は「(4月)9日からは学校に入る予定で、こんなことになっちゃって痛かったろうと思いますね。(業者の人は)許せないですよ」と話している。
(3/20日テレニュース24 WEB)

お亡くなりになったお二人にご冥福をお祈りします。

さて本件で、あるSNSではいろいろな方が日記を書かれています。

私が興味がありますのは
案外と、とび職や建築関係の職業の方が日記を書かれていることです…

その方が共通して書かれていることは
①アンカー・建物への足場の固定がなされていない事は問題である。
②建設費用のダンピング、コスト削減でいい加減な工事が増えている。職人・工事担当者の質が落ちている…

というご指摘でした。

またこの時期の午後からの突風に対する予測・対策不十分を指摘されている方もおられました。

建設会社勤務の大卒技術者の方もおられましたが、多くの方は現場の職人さんと見受けられる方、お若い方です。

私は自論としまして
「へたな大学生、大学卒若年社会人よりも、中高卒現場熟練技術者、職人のほうが論理的思考ができる。また柔軟な思考や創造性が高い」
というものを持っています。

建設業には特に当てはまる事です。建築物はその構造や素材から規定される物理的法則が明らかにあり、現場の作業は構造物を合理的に建築するために、その法則に規定された工程で成り立っています。

現場作業員はその法則の中に身をおき、その法則に従って作業をせねばなりませんが、コレに盲目的にしたがっているわけではありません。理解し納得しなければ、合理的な作業や次の手順を考える事は出来ないからです。無論、安全の確保という事も重要です…

本件では、おそらく「経済合理性」がその物理法則に反したか無視をした…という事だと思いますが、前述した現場の方々は見事にそれを喝破されています。

即ち、物理法則に規定された作業のあり方を普遍的理論とし、それを基準として現場を検証され結論を出したわけです。

また、おそらくそこから何らかの教訓を引き出す…即ち帰納的に論理付け、自分や周囲の作業に演繹的に活かすべく論理化したわけです。

簡単な表現では、自己の教訓から学び、「自分の引き出しに入れた」というわけです、ついでに私のような素人にもそれを教えてくれたのです…

これはおそらく現場の方であれば(真摯に仕事に向き合う方ならば)皆さんやった事ではないかと思います。

対して「とび職・建築関係者は低学歴であるから…」というご意見も散見します…
たしかに中・高卒で「肉体作業しかできない」というタイプの方々が建設業に携わる傾向は高く、その仕事に就いた時点では、知性や教養が標準以下である方も多いかとおもいます。

しかし、彼らが知性を伸ばし論理的思考の習慣や、その方法を学ぶのはそこからなのです。

現場が彼らの体に合理的思考・論理的理解と思考の必要を教えるのです。

「とび職は…」と述べた方々はそれを知りません。
というよりも、バイアスのかかった見方しかできないわけです…どちらのほうが知性が高いのか?とても面白い現象ですねwww

大学、それも日本で一番?レベルの高い大学を卒業され、研究者となられた方が軽々しく「想定外」などと言って取り返しのつかないような大事故をやらかしています。

放射性物質のもつ性質から規定される作業・工程等よりも、それを扱う事の「経済的誘因」「社会的誘因」を重んじたために起こった事故ではないか…という調査報告もあります。

単に「頭が良い」(要領が良い・目先が利く)というだけで、技術者・研究者としての論理力¥があったといえるのか…私は疑問です。少なくとも彼らの「論理的思考」を信用する事はできません。

ある現場労働者の方が、本件についてこう書かれていました。
「コスト削減だけを考えたこの現場や、請け負った職人は間違っている。たとえ建物にアンカーを打つ事をいやがるビルポーナーであったとしても俺はアンカーを打つ」

この職人さんの方が、「東京大学出の技術者」よりもはるかに信頼が置けます。

実は本当の論理力というのは、現場でこそ学べるのではないかと思っています。
勿論、「現場だけで」というつもりはありません。現場も机上も大切なのであります。